現状──基本からはずれた防具とは

 面、胴、小手、垂れ……竹刀を含めて剣道具と呼ぶ。現在はそれが正しい呼称とされているが、60年に渡って剣道具づくりに従事してきた森下捷三さんは、剣道具ではなくあくまで防具と呼びたい、と言う。

 私はいつも言うのですが、剣道防具はあくまで防具、すなわち身を守るためのものです。まず防具の防具たるゆえんをきちんと守らなければいけないと思います。現在はその点がおろそかにされ、安全性の点で疑問を持たざるを得ない、防具づくりの基本からはずれた防具が市場にたくさん出回っています。

 全日本武道具協同組合と全国剣道具職人会が開発し特許を取った「安全あご」を2014年に発表させていただきました(『剣道日本』2014年5月号「剣日調査局リポート」参照)。喉に突き技が入るのを防ぐためのものですが、多くの著名な先生方から反響がありました。先生方が現在の防具の安全性に疑問を持っているということだと思います。ある先生は「昔の防具はしっかりしていたからこんなものは必要なかった」とおっしゃっていました。

 森下さんの主張を汲んでこのコラムでは、特に「剣道具」という呼称が必要な場合を除き「防具」または「剣道防具」と呼ぶことにする。

安全あご

「安全あご」は喉に突きが入らないよう、頬輪に固定して使用する。全日本武道具協同組合、全国剣道具職人会の加盟店で販売、取り付けができる

 インターネットショッピングで、実際に物を見たり触ったりすることなく防具を買うこともできる時代である。中にはかつては考えられないような安価な物もある。流通のマージンや商品を展示する店舗を省くことで、ネット販売での価格が安くなるのは世の中の流れであり、一消費者としては歓迎すべきことである。しかし、製造の過程で必要なところまで省いて価格を下げているとしたらどうだろう。その結果、安全性や耐久性の点で問題がある防具も実際に流通しているのが実状だ。

 だが、そこを見分けるのは簡単ではない。

 森下さんは昭和16年生まれ、家業は柔道着の織り元だったが剣道具づくりにシフトし、甲手つくりの名人と言われた三枝弘熙など何人かの職人に学んだ。これまで全日本選手権者や八・九段剣士の防具も多く作ってきている。身を守るための安全な防具とはどういうものなのか、それをどうやって見分ければいいのか、伝統的な防具のつくり方の話もまじえ、森下さんに話を聞いていこう。

面布団の長さは約20センチが基本だが…

 たとえば面布団の長さ。基本は口綴じから先まで七寸なんですよ。七寸というのは20センチちょっとですが、だいたい成人の大人の手を広げた長さです。それを少しでも、たとえ1センチでも超えれば、動いたときに肩から面布団の端が出るので叩かれて肩に竹刀が直接当たることはないんです。ところが今流行の面というのは、もっと短くということで、18センチ、17センチ、ひどいのになると16センチのものがある。なぎなたのような面が主流です。それでは肩が出ますから竹刀で直接叩かれることになります。

 甲手にしても、衝撃吸収性が小さい甲手をつけて手の甲を痛めると、非常に治りにくいんです。実際に甲を痛めて長い間苦労された方も私は知っています。

面布団

面布団の長さは口綴じ(親指が差している、面縁と面布団を綴じている箇所)から先まで七寸(約21.2㎝)が基本。それより短いと肩が直接竹刀で叩かれることになる

 森下さんは次から次へと、現在の防具の問題点を指摘し、話はどんどん広がっていく。どこから始めればいいのか。今一番基本から外れているのは何か、と聞いてみると……

 一番基本からはずれているのは、防具というものは竹刀による衝撃から身を守るもので、まず竹刀ありきだから、竹刀ではないですか。それに面、小手……胴もだね。胴もおかしいところがあるね……一番いい例はこれですね。

 そう言って森下さんが出してきたのは大人用と子供用の樹脂胴、そしてファイバー胴の胴台だった。ファイバー胴の方は、大人用に対して子ども用は一回り小さくし同じ形をなぞっている。ところが樹脂胴の方は、幅は小さくなっているが、左右のカーブが大人用と子ども用で違っており、なぜか両端は子ども用の方が高くなっている。

 子どもは背が低くて小さいわけでしょう。どうしてここが高いんでしょうか?……これが今の防具の現状ですよ。つくる側が、いかに考えないでつくっているか。

 胸の飾りも一本足より二本足、三本足が高級ということになっていますから(胸の両脇の部分の高さが高くなる)、この樹脂胴にその胸を付けた防具を子どもが着けたらどうなりますか? 竹刀を持って構えて、顎を引け、脇を絞れ、竹刀は絞るように握れと言われても、できませんよ。大人にとっての1センチと子どもにとっての1センチは違いますしね。自分のせいではないのに、そうやって毎回叱られる子どもが剣道を続けてくれますか? 本当に子どもがかわいそうです。剣道人口の減少につながりますよね。これは危険ではないけど使いにくい、動きを妨げるという例ですが。

樹脂胴形状に疑問符がつく樹脂胴。内側が子ども用、外側が大人用。子ども用は大人用より胴幅は小さく中央部分の高さも低くなっているが、なぜか両端にいくに従い大人用より高くなっていた。(注『剣道日本』に記事が出た後で、このメーカーの胴については改良された)

ファイバー胴このファイバー胴の場合、子ども用全体に一回り小さくつくられている。当然こうあるべきだろう

 たとえば面布団の長さのことでも、全日本選手権を目指すような人たちが試合で使うのだったら、痛くても振り上げやすい方がいい、という選択はあるのかもしれない。だが、そういう選手でも、森下さんが言うような衝撃吸収性の低い甲手によって深刻な怪我をすることは避けたいだろう。

 そういうレベルはひとまずおくとしても、始めたばかりの小さな子ども、あるいは必修授業で剣道を学ぶような初心者にこそ、痛いとか動きにくいといったことは問題になる。つまり初心者用の廉価な防具こそ、安全性が大切になってくるのだ。

 また、初心者用剣道具づくりの場の中心が国内から海外に移ったことで、さまざまな粗悪品も出てきているというのが一般的な認識だが、最近はこの胴台が少年用の基準としてつくられている。

 以前ならば、基本からはずれたものが出てきてもまだ元に戻すことができました。それは物をつくる中心が日本国内にあったからです。でも今は日本国内にないし、注文をする人も、それを販売する人も、そういうことをほとんど理解していない人が多いですね。だからひどくなっているし、これからはますますひどくなるでしょう。

 と森下さんは嘆く。とくに防具の小売り業者に基本的な知識がなくなっているのが問題だという。

 商業主義といいますか、まず値段ありきになっていますよね。そして安い物を売る商売上手な人が、こうやってつくるんですよとインターネットで流したりしているけど、使う人がかわいそうに、と思わざるを得ないようなつくり方も見受けられます。

 面布団の長さのことでも、少なくとも防具屋さんは専門店なのだからもっと基本的なことを知らなければ、勉強せねばお客様である剣士の皆様に申し訳ない、と思いますよ。

 それから、やっぱりそういうふうな指導の仕方をしている先生にも、防具の仕組みの理屈をご理解いただきたいと思います。

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