シリーズ「剣道のあゆみ」01日本刀の発生

 金属製の刀剣は、紀元前の遺跡からも発掘される。紀元前4世紀頃には何らかの戦闘が始まっていたと言われており、弥生時代(紀元前3世紀~紀元3世紀)後期には大陸から青銅器や鉄器が伝来し、その中に大刀(たち・太刀)もあった。とくに鉄製の矛(ほこ)、戈(か)、剣などが部族間の争いなどに使われたと思われる。ただし当時の戦闘は刀などによる接近戦よりも弓矢や投げ槍などによる離れての闘いが主であったという説もある。

 『日本書記』の中に刀剣をとって戦うことを意味する「多知加伎(たちかき)」「多知宇知(たちうち)」という言葉があるように、統一国家に発展するような集団の戦いが繰り返される中で、次第に太刀が実戦用の武器の中心となっていったと言われる。一方で古墳に副葬品として納められたり、天皇の行なう儀式に用いられるなど、刀剣は祭祀的、呪術的な意味合いをも持つようになっていく。

 大化の改新を経て中央集権国家が整えられていく7~8世紀になると、日本国内でも刀が製作されるようになったといわれる。戦闘の方法としては騎馬戦術が一般的になるが、平安時代になると、騎馬戦術を得意とした蝦夷が馬上で使うのに適した彎刀(わんとう)である「蕨手刀(わらびてとう)」が改良され、日本刀の原型といわれる「毛抜型太刀」が生まれた。彎刀(反りがある刀)で「鎬(しのぎ)」があるのが日本刀の特徴だが、その出現は10世紀と言われている。

 武士階級が現われるのも同じ頃である。『平家物語』には十文字、蜻蛉(とんぼ)返りといった剣術の技法名が顔を出している。だが、当時の武技は馬上から矢を射る一騎打ちを基本とし、太刀や短刀はすでに無力となった相手の首を取る場合や、組み討ち、あるいは従者たちが主人を援護するために使う副次的なものだった。鎌倉時代、武士は、流鏑馬(やぶさめ)、笠懸(かさがけ)、犬追物(いぬおうもの)などの訓練によって弓馬の道を訓練したことが知られる。とはいえ、馬上で太刀を使う場合も見られるようになり、戦乱時に使用する日本刀の作刀技術も工夫されるようになってきた。

 鎌倉後期から南北朝期になると、馬上戦から下馬での闘いに変化し、歩兵と騎兵の連携による戦いに移行していく。馬上で使う大太刀は四尺以上も長さがあり身幅のあるものだったが、徒歩による戦いでは短寸の「打刀(うちがたな)」と呼ばれる武器が主流になる。すなわち現在言われる日本刀である。

 こうして室町期(1336~)になって、打刀すなわち日本刀が刀剣の主流を占めるようになるが、それが戦いの主役であった時期はさほど長くはない。戦国時代(1467~)には戦闘の主要武器は槍になっている。さらに1543年に伝来した鉄砲は急速に普及し闘いの様子を一変させた。

日本刀

いわゆる日本刀は、打刀と呼ばれるもので、それを使った剣術が盛んになるのは主に江戸の平和な時代になってからである

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